仏教用語の知恵

心がホッとする「引き算の美学」

こんにちは。
慶国寺の渡辺知応です。

今月のテーマは「さび(寂び)」です。

「さび」と聞くと、
サビついた鉄や古びたものを思い浮かべるかもしれません。
でも仏教や日本の伝統文化においての「さび」は、
ただ古いということではなく、
「静けさ」や「味わい深さ」といった、もっと深い意味があります。

「寂(じゃく)」という漢字は、
仏教では「涅槃(ねはん)」の状態、
つまり煩悩が消えた心の静けさを表します。
にぎやかさや派手さを離れ、
心が穏やかに落ち着いている状態です。
それは「静けさこそが、本当の豊かさ」
という仏教の知恵につながっています。

この「さび」の感覚は、
茶道や俳句、庭園など、
日本文化のさまざまな場面にも現れています。

たとえば、苔むした石や色あせた木の器に美しさを感じるのは、
その中に「時の流れ」や「静けさ」の味わいを見ているからでしょう。
「さび」は、にぎやかさの反対ではなく、
“心にしみる美”なのです。

では、こうした「さび」の心は、
私たちの毎日の暮らしにどう役立つのでしょうか。

たとえば、壊れたらすぐ買い替えるのではなく、
少し手をかけて直して使い続けること。
派手なものを選ぶのではなく、
落ち着いた色や風合いを楽しむこと。

忙しい日々のなかで、ふと立ち止まり、
静かな音や風景に目を向けること。
そうした瞬間に、「さび」の心が息づいているのです。

私たちは、つい「もっと新しく」「もっと便利に」と求めてしまいがちですが、
本当に心が安らぐのは、
そうした“足すこと”ではなく、
“引いていくこと”の中にあるのかもしれません。
「これで十分」と思える心こそが、
「さび」の美しさを感じるための準備なのです。

仏教は特別な場所だけで学ぶものではなく、
日々の暮らしの中にあります。

「さび」は、その入口のひとつです。
何気ない毎日の中で少しだけ立ち止まって、
静かな“美”や“時間”を感じてみてください。
それがきっと、心の安らぎにつながるはずです。

渡辺知応

渡辺知応

長秋山 慶国寺 副住職

関連記事

PAGE TOP